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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)21号 判決 1992年10月29日

岐阜県加茂郡川辺町比久見四八八番地の一

原告

平野芳宏

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官 麻生渡

右指定代理人

石川隆雄

田辺秀三

中村友之

橋本康重

主文

特許庁が昭和六三年審判第一二三号事件について平成二年一一月一日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

主文と同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五七年三月二六日、名称を「ヒラノバルブ」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和五七年特許願第四九五二〇号)をしたが、昭和六二年一一月九日拒絶査定を受けたので、昭和六三年一月六日審判を請求した。特許庁は、この請求を同年審判第一二三号事件として審理した結果、平成二年一一月一日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。

二  本願発明の要旨

レシプロエンジンの吸気口及び排気口の口径の拡大をもたらし、気流を増大させるため、バルブを球形に一体化して、バルブ内部の断面積を膨張させ、吸気と排気を分断するためにある隔壁によるバルブの通気口の断面積を減少させることなくバルブの口径の断面を維持してシリンダーの口径の範囲で、その求める性能に応じたバルブ口径が設定出来、シリンダーに円滑多量の気流を安定供給出来るバルブ(別紙図面1参照)。

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

2  実願昭五四-一一四七四六号(実開昭五六-三一六〇五号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム(昭和五六年三月二七日特許庁発行、以下「引用例」という。)には、隔壁6aを備えて吸気通路Aと排気通路Bに区画したロータリーバルブ6の回転により燃焼室Cと吸・排気通路A、Bを開閉して吸排気を行うべく、ロータリーバルブ6の外周にこれら各通路A、Bと連通する吸・排気口部7、8を設け、シリンダーヘッド部5bには、ロータリーバルブ6の回転により、燃焼室Cと吸・排気口部7、8とを交互に連通せしめる開口部9を設けたレシプロエンジン用のロータリーバルブ装置(別紙図面2参照)が実質的に記載されていると認められる。

3  本願発明と引用例に記載されたもの(以下「引用発明」という。)とを対比すると、引用発明も、燃焼室Cと吸・排気口部7、8とを交互に連通せしめる開口部9が設けられている関係上、引用発明のレシプロエンジンの吸気口及び排気口の口径は、従来のポペット弁により開閉する吸・排気口の口径に比較して拡大をもたらすものと認められるから、両者は、レシプロエンジンの吸気口及び排気口の口径の拡大をもたらす点で一致し、本願発明は、気流を増大させるため、バルブを球形に一体化して、バルブ内部の断面積を膨張させ、吸気と排気を分断するためにある隔壁によるバルブの通気口の断面積を減少させることなくバルブの口径の断面を維持してシリンダーの口径の範囲で、その求める性能に応じたバルブ口径が設定でき、シリンダーに円滑多量の気流を安定供給できるようにしたものであるのに対し、引用発明は、バルブが球形状ではないから、本願発明の前述のようにしたものと同様のものであるとは断言できない点で両者は相違しているものと認められる。

4  そこで、この相違点について検討する。

バルブ自体の内部をほぼ球形にすることにより内部容積を減少させないようにすることは、特開昭四九-一〇〇六二五号公報、実公昭五四-一二一六九号公報に記載されているように、流路切換用として使用し得る弁装置として従来周知の技術事項であり(以下、この技術事項を「周知技術」という。)、引用例に記載されたロータリーバルブもこの周知技術も、本願発明と同様に、流路切換用として使用されるバルブ装置であるという点においては、共に共通の技術分野に位置しているといえるから、前記周知技術を引用発明のバルブに適用することは技術的に可能であるばかりでなく、この周知技術を取り入れることにより、バルブ(バルブ内部も含む)を球形状にすることに当業者にとって格別困難性は認められないというべきである。そして、引用発明のロータリーバルブもその本体を大きくすれば(なお、バルブ本体を可及的に大きくすること自体は、設計的事項といえるものであり、当業者にとっては容易なことである。)、その内部容積を増大化することができるといえるし、また、引用発明のロータリーバルブにおいても、吸気流をより安定供給するようにすることは、当然、当業者が設計に当たって考えなければならない事項であるといえるから、前述のように、引用発明のバルブに前記周知技術を取り入れてバルブ内部を球形状にすれば、吸排気流は増大し、バルブ内部の容積を可及的に拡大させ、吸気と排気を分断するためにある隔壁によるバルブ通気口の断面積を減少させることなくバルブの口径の断面を維持して隔壁によりバルブ内部を二分しても、そのそれぞれの内部容積が減少しないようになして、シリンダーの口径の範囲で、その求める性能に応じたバルブ口径が設定でき、シリンダーに円滑多量の吸気流を安定供給できるバルブが得られるようにすることも当業者にとって容易になし得る設計的事項というべきである。

5  したがって、本願発明は、引用例に記載された技術事項及び前記周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第二九条第二項の規定により特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

審決の理由の要点1ないし3は認める。同4及び5は争う。

審決は、本願発明の技術内容についての把握を誤り、かつ、本願発明と引用発明との相違点に対する判断を誤った結果、本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  本願発明の技術内容把握の誤り(取消事由1)

審決は、本願発明のバルブの内部がほぼ球形状のものであると把握した上、バルブの内部をほぼ球形状のものとすることは周知の技術であるとして論を進めているが、本願発明のバルブは、多量の気流の流量に変化がないよう、バルブ内部の口径を確保するため、バルブが球形になっているのであって、内部が球形状になっているわけではない。

したがって、審決の上記把握は誤りであり、この誤りがその結論に影響を及ぼすことは明らかである。

2  相違点に対する判断の誤り(取消事由2)

術事項であるとしている。

しかし、周知例に記載されているボールバルブは液体用のバルブであって、本願発明の気体用のバルブとは、使用目的及び機能が異なっている。

更に、本願発明は、バルブの通気口の断面積を減少させることなくバルブの口径の断面を維持することを目的としてバルブを球形にしているのに対し、周知例に記載されたものは、このような目的のためにバルブが球形となっているわけではなく、通気口の断面積を減少させることなくバルブの口径の断面を維持することを示唆するものでもない。

したがって、周知例記載のボールバルブが周知のものであるとしても、審決が、「この周知技術を引用発明のバルブに適用することは技術的に可能であるばかりでなく、この周知技術を取り入れることにより、バルブ(バルブ内部を含む)を球形状にすることに当業者にとって格別困難性は認められない」とした認定、判断及び「引用発明のロータリーバルブに上記周知技術を取り入れてバルブ内部を球形状にすれば、吸排気流は増大し、バルブ内部の容積を可及的に拡大させ、吸気と排気を分断するためにある隔壁によるバルブ通気口の断面積を減少させることなくバルブの口径の断面を維持して隔壁によりバルブ内部を二分しても、そのそれぞれの内部容積が減少しないようになして、シリンダーの口径の範囲で、その求める性能に応じたバルブ口径が設定でき、シリンダーに円滑多量の吸気流を安定供給できるバルブが得られるようにすることも当業者にとって容易になし得る設計的事項である」とした認定、判断はいずれも誤りである。

第三  請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三は認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であって、審決に原告主張の違法はない。

1  取消事由1について

審決は、本願発明の要旨のうち、「バルブを球形に一体化して、バルブ内部の断面積を膨張させ」という事項に基づいて、本願発明のバルブ自体の内部を隔壁を除いた状態でみれば、ほぼ球形状に膨張させていることからバルブ自体の内部がほぼ球形状になっていると解釈したまでのことである。ところで、本願発明の特許出願の願書に添付した明細書(甲第二号証)には「球形に一体化され吸排気の効率を良好な状態にする装置」(第一頁一七、一八行)と記載されていること及び補足図二、昭和六一年一二月八日付けの意見書(乙第一号証)で原告は、本願発明のバルブであるロータリーバルブについて、「ロータリーバルブは球の内面全体を二つに分割したもの」と主張していること、昭和六三年一月六日付け手続補正書(乙第二号証)に添付された明細書には「吸、排気口を一つのバルブに一体化し、一体化によるバルブの内部分割によって、減少される気口の内部の容積は、球形に膨むことにより減少を免れ」と記載されていること、同年七月四日付け意見書(乙第三号証)で原告は、「内部分割による気口内部の容積減少を防ぐ為、球形に膨んで気筒に必要な気流を送る事が出来るもので有り」と主張していること及びこの意見書の添付図面での「FIG17図の意図するもの」において、従来の回転弁との差異とした本願発明のロータリーバルブの斜線部分等を参酌して、最新の補正書である平成二年八月三日付け手続補正書(甲第四号証)により補正された明細書には「・・・球形に膨らんだバルブの内部は隔壁によって二つに分断され・・・」(第二頁一一、一二行)と記載されていることからすると、審決が、特許請求の範囲に記載された「バルブを球形に一体化して、バルブ内部の断面積を膨張させ」という事項について、バルブを球形にすると共に、その内部もほぼ球形状にするものと把握したことに誤りはないというべきである。

2  取消事由2について

審決が挙示した周知例には、「流路切換用として使用することができる」、「流路切換用弁体として使用することができる」と周知例記載のボールバルブが流体用であることが記載されている。流体には、液体も気体も含まれることは自明である。そして、ボールバルブの使用対象は液体に限られ、気体に使用してはならないというものではない。更に、本願発明のバルブも、周知例記載のバルブも流路切換用として使用される点で共通している以上、周知例記載のバルブが本願発明のバルブとは使用目的及び機能が異なっているということはできない。

原告は、周知例記載のバルブは、バルブの通気口の断面積を減少させることなくバルブの口径の断面を維持することを目的として球形となっているものではなく、バルブの通気口の断面積を減少させることなくバルブの口径の断面を維持することを示唆するものでもない旨主張する。

しかしながら、周知例記載のバルブは球形であって、バルブの内部もその形状に添わせるようにして膨張させている以上、隔壁が存することによっても、引用例に記載されているような通常のロータリーバルブに比べて、バルブ内部の流路(本願発明の「バルブの通気口」に対応する。)の断面積を減少させることがないといえるものであり、それ故、前記バルブ内部の流路の断面積は、そのバルブの出入口となる孔の口径(本願発明の「バルブの口径」に対応する。)を可及的拡大するにしても、その口径の断面を維持し得ることが明白である。しかも、引用発明のロータリーバルブ装置は、図面の記載からみて、バルブの通気口(吸・排気通路A、B)の断面積はバルブの口径(吸・排気口部7、8)の断面を維持していることが窺われるばかりでなく、ごく普通に知られている通常のレシプロエンジンにおいても、吸排気の流通を滑らかにするべく、ポペット弁にて開閉する吸・排気口の口径に対して、それに連なり通気路となる吸・排気通路がほぼ同径であるべきことが当業者の技術常識といえるから、バルブ通気口の断面積を減少させることなくバルブの口径の断面を維持して、シリンダーに円滑多量の吸気流を安定供給できるバルブが得られるようにすることは、当業者にとって容易になし得る設計的事項である。

したがって、原告が指摘する箇所の審決の認定、判断に誤りはない。

第四  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。

二  本願発明の概要

成立に争いのない甲第四号証(本願の平成二年八月三日付け手続補正書)によれば、本願発明の概要は次のとおりであると認められる。

本願発明は、回転する一個のバルブによってレシプロエンジンの吸気と排気を制御しようとするものである。

従来、レシプロエンジンに使用される吸気及び排気装置の弁はポペットバルブで、ロッド及びカムで駆動されるバルブの上下運動で吸気及び排気機能を行うものであった。しかし、ロッドとカムの間に間隙ができ、バルブスプリングの力に抗して閉鎖操作されるために、相当出力に無駄があり、しかも、小さな孔を通じて吸気と排気を行っているため効率が悪いものであった。また、エンジンに必要な多量の新鮮な空気をシリンダーに送り込むためには大きな吸気口が必要であり、排気やバルブ操作に多量の動力が消費されると、エンジンの性能にとってマイナスの要因になるので、抵抗の少ない駆動方法が求められていた。

本願発明は、これらの問題点を解決することを目的として本願発明の要旨のとおりの構成を採用したものである。

ところで、本願発明のバルブには吸気と排気を分断するための隔壁を設けることが必要であるが、このような形式のバルブにおいてエンジン内に大量の混合気を導入しようとすると、吸気通路から大量の混合気が入ってくるようにバルブ内部の通路の口径を大きくする必要がある。しかし、バルブ内部の通路の口径を拡大しようとしても隔壁がある部分においてバルブの内部空間が二分されるため、拡大できる範囲は隔壁とバルブ外壁の間に限られる。したがって、特に方策を施さなければ、吸気通路の口径を拡大しても、隔壁がある部位において、バルブ内部の通路の直径すなわち口径は減少することになる。そこで、本願発明は、この点を解決するために、弁体の外壁を球形に膨らませ、外壁を隔壁から遠ざけて隔壁がある部分の径を大きくし、所定の口径を隔壁のある部分においても維持しようとするものである。要するに、本願発明の技術的特徴は、バルブの口径を隔壁がある部分において減少させることなくバルブの口径を維持することを目的として、バルブの外形を球形にしていることにある。

このような構成を採用したことにより、本願発明は、<1> ポペットバルブに比較して、吸気口及び排気口の口径を拡大することができるため、気流の流通量を増大させることができる、<2> 隔壁によって吸気バルブ口及び排気バルブ口の断面積を減少させることがなく、バルブの口径を維持することができる、<3> シリンダーの口径の範囲内で求める性能に応じたバルブ口径が設定できる、<4> 以上により、シリンダーに多量の気流を安定供給することができる、といった効果を奏する。

三  取消事由に対する判断

引用例に審決認定の技術事項が記載されていること、本願発明と引用発明との一致点及び相違点が審決認定のとおりであることは当事者間に争いがない。

1  取消事由1について

前掲甲第四号証によれば、本願発明の特許請求の範囲においては、バルブの内部の空間を球形状のものと規定していないことは明らかである。しかし、バルブの内部の吸気と排気を分断するためにある隔壁を取り除いた場合、バルブの内部は完全な球形状ではないものの、その外形に沿って、ほぼ球形状を呈するものということができる。そして、審決も、本願発明のバルブ内部の構造からほぼ球形状と把握しているものでないことは、前記審決の理由の要点から明らかである。

したがって、審決が、本願発明のバルブ自体の内部をほぼ球形状のものと把握したことに誤りはなく、取消事由1は理由がない。

2  取消事由2について

(一)  成立に争いのない甲第七号証(特開昭四九-一〇〇六二五号公報)、第八号証(実公昭五四-一二一六九号公報)によれば、周知例記載のボールバルブは流路切換用として使用することができるものであることが認められる。そして、成立に争いのない乙第四ないし第八号証によれば、一般にボールバルブは液体用のみならず気体用にも使用されるものであることが認められる。

これらの事実によれば、周知例記載のボールバルブは液体用のものであるとする原告の主張は理由がなく、したがって、取消事由2のうち、この主張を前提として審決の認定、判断を論難する部分は採用できない。

(二)(1)  前掲甲第七、第八号証によれば、周知例には、球殻の内部に、頂壁が、概ね球殻の中心を通る垂直面上に位置し、かつ上下端部が、それぞれ中心を通る水平面と上記垂直面とのほぼ中間において、球殻の内壁に接する隔壁を設けたことを特徴とするボールバルブ用弁素材についての発明が記載されていること、この発明においては、弁素材を予め右のようなものとしておき、二口用、三口用、四口用等のバルブの使用状況に応じた流体の流入口、流出口を形成すべく、球殻に孔を穿設することを特徴とするものであること、周知例記載のバルブ自体の内部は球形状をなす壁面に沿って抉られており、その結果形成された内部空間は、内部空間が球形状でない場合よりも内部容積が大であることが認められる。ところで、前掲甲第七、第八号証には、周知例記載のバルブの内部空間を球形状にした目的について明確には記載されていないが、前掲甲第八号証によれば、その考案の詳細な説明には、「ボールバルブには、二口用、三口用、四口用等があり、またその使用条件により、I型、L型、T型、X型等がある。そのため、メーカーにおいては、要求に応じて、所要の型式の弁体を、いちいち鋳造等によって製作しなければならず、製作期間が永びくこととなり、また、予想される各種型式の弁体を予め製造して貯蔵しておくことは、資金効率上不利である。本考案は、穿孔その他若干の加工を加えるのみで、一個の素材をもって、各種の型式のボールバルブ用弁体を簡単に製作しうるようにした弁体素材に関するもので」(第一欄二二行ないし三四行)と記載されていることが認められる。右記載から考えると、周知例記載のバルブの内部を球形状とした目的は、内部容積を減少させないことにあるのではなく、弁素材の加工性を向上させること、すなわち、外形が球形のボールバルブの球殻の壁の厚さを薄くして、孔の穿設を容易にすることにあると認めるのが相当である。

(2)  ところで、公知あるいは周知の技術から容易に発明をすることができたものといえるためには、当該発明に必要な構成を採用するについての動機となる技術的事項が、公知あるいは周知の技術に開示あるいは示唆されていることが必要であることはいうまでもない。

これを本件についてみるに、本願発明は、バルブの通気口の断面積を隔壁がある部位においても減少させることなくバルブの口径の断面を維持することを目的として、バルブの外形を球形に一体化して、バルブ内部の断面積を膨張させているものであるから、周知例記載の技術が、本願発明の前記構成を採用する動機となったといえるためには、単に、周知例記載のバルブの内部空間がほぼ球形状であるというだけでは足りないのであって、バルブの通気口の断面積を隔壁がある部位においても減少させることなくバルブの口径の断面を維持することを目的として、バルブの外形を球形に一体化して、バルブ内部の断面積を膨張させているということを開示あるいは示唆するものであることが必要である。

ところが、前記のとおり、周知例記載のボールバルブの内部は球形状のものであるが、内部を球形状にした目的は、弁素材の加工性を向上させること、すなわち、ボールバルブの球殻の壁の厚さを薄くして、孔の穿設を容易にするためであって、バルブの通気口の断面積を隔壁がある部位においても減少させることなくバルブの口径の断面を維持することを目的として、バルブの内部を球形状にしているものではない。

したがって、周知例には、バルブの通気口の断面積を隔壁がある部位においても減少させることなくバルブの口径の断面を維持することを目的として、バルブの外形を球形に一体化して、バルブ内部の断面積を膨張させるという、本願発明の技術思想を想到する動機となる技術が開示あるいは示唆されているとみることはできない。

(3)  被告は、周知例記載のバルブは球形であって、バルブの内部もその形状に添わせるようにして膨張させている以上、隔壁が存することによっても、バルブ内部の流路の断面積を減少させることがないといえるものであり、それ故、前記バルブ内部の流路の断面積は、そのバルブの出入口となる孔の口径を可及的拡大するにしても、その口径の断面を維持し得ることが明白である旨主張する。

しかし、問題は、周知例に本願発明の前記技術思想を想到する動機となる技術が開示あるいは示唆されているか否かであり、これが否定される以上、被告の右主張は審決の認定、判断を正当づけるものということはできない。

また、被告は、引用発明のロータリーバルブ装置は、図面の記載からみて、バルブの通気口(吸・排気通路A、B)の断面積はバルブの口径(吸・排気口部7、8)の断面を維痔していることが窺われるばかりでなく、ごく普通に知られている通常のレシプロエンジンにおいても、吸排気の流通を滑らかにするべく、ポペット弁にて開閉する吸・排気口の口径に対して、それに連なり通気路となる吸・排気通路がほぼ同径であるべきことが当業者の技術常識といえるから、バルブ通気口の断面積を減少させることなくバルブの口径の断面を維持して、シリンダーに円滑多量の吸気流を安定供給できるバルブが得られるようにすることは、当業者にとって容易になし得る設計的事項である旨主張するので、この点について検討する。

引用発明の円筒状のロータリーバルブも、そのバルブ本体の断面積の大きさを通気路の断面積の大きさに対して相対的に大きくすれば、バルブの通気口(吸・排気通路A、B)の断面積が、バルブの口径(吸・排気口部7、8)の断面を維持することができる場合もあることは否定できない。そして、バルブの外形を球形状にした場合又は円筒状にした場合のいずれでも、その技術的意義に差異がないことが明らかであるというのであれば、引用発明の円筒状のバルブに代えて、本願発明のように外形が球形のバルブにすることは単なる設計的事項とみることもできるであろう。

しかし、本願発明のようにバルブの外形を球形にした場合には、バルブの形状を必要な部位に限って拡大することによってバルブ内部の通路を拡大することができるのに対し、引用発明のバルブ本体の断面積を大きくしようとする場合には、全体の形状を円筒状に維持しなければならない都合上、必要もない箇所までも大きくせざるを得ないことが明らかであり、本願発明のバルブに比べ、バルブ全体が大型化、重量化することが避けられないことは明らかである。

したがって、本願発明がバルブの外形を球形にした点には、引用発明のバルブにはない技術的意義が存するものということができるから、これを単なる設計的事項とみることはできない。そして、本願発明がバルブの外形を球形のものとすることについて、これを動機づけたと認め得る技術的な根拠が見当たらない以上、仮に引用発明のバルブの通路の構成が被告の主張するとおりのものであり、また、ごく普通に知られている通常のレシプロエンジンにおいても、吸排気の流通を滑らかにするべく、ポペット弁にて開閉する吸・排気口の口径に対して、それに連なり通気路となる吸・排気通路がほぼ同径であるべきことが当業者の技術常識であったとしても、このことを根拠に、引用発明の円筒状のバルブの外形を球形状にすることが容易に想到し得たものということはできない。

したがって、被告の前記主張は採用できない。

(4)  以上のとおりであるから、バルブ自体の内部をほぼ球形状にすることにより内部容積を減少させないようにすることが周知技術であるとした審決の認定は誤りであり、したがって、この周知技術を取り入れることにより、バルブ(バルブ内部を含む)を球形状にすることに当業者にとって格別困難性は認められないとした審決の認定、判断及びバルブ通気口の断面積を減少させることなくバルブの口径の断面を維持して、シリンダーに円滑多量の吸気流を安定供給できるバルブを得られるようにすることも当業者にとって容易になし得る設計的事項であるとした審決の認定、判断はいずれも誤っているといわざるを得ない。

以上のとおりであって、取消事由2は理由がある。

そして、審決の前記認定、判断の誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は取消しを免れない。

四  よって、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙1

<省略>

別紙2

<省略>

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